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Francesco Hayez

Artist

Francesco Hayez

作品(1)

年表

1791

1791年、ヴェネツィアの貧しい家庭に生まれました。フランス系の漁師の父を持ち、幼少期から画才を発揮。古美術商の叔父のもとで修復士としての訓練を受けたことが、彼のキャリアの出発点となりました。1

1809

1809年にローマへ渡り、彫刻家アントニオ・カノーヴァの知遇を得ます。カノーヴァは彼の重要な助言者かつパトロンとなり、ラファエロの研究などを通じて、初期の古典主義的な作風を形作る大きな影響を与えました。1

1816

ヴァチカン美術館のフレスコ画制作をカノーヴァから依頼されましたが、優柔不断さと作業の遅さから解任されたというエピソードがあります。この挫折が、後に彼が得意とする歴史画や肖像画へ専念する契機となりました。1

ローマ滞在中には、フランスの巨匠アングルとも交流がありました。1816年のコンクールでは、アングルを抑えて一等賞を獲得するなど、若くして国際的な舞台でその卓越した技術を証明しています。1

1820

1820年発表の『ピエトロ・ロッシ』は、中世の歴史を主題とした新しい様式で描かれ、イタリアにおけるロマン主義絵画の宣言書と見なされました。これを機に、彼は古典主義からロマン主義へと大きく舵を切ります。1

1823

1823年にミラノへ移住し、ブレラ美術学院の教授に就任。以後、ミラノを拠点に歴史画や肖像画の第一人者として活躍し、文豪マンゾーニら当時の文化人とも親交を深め、芸術界の中心人物となりました。1

1823年の『ロミオとジュリエットの最後の別れ』に代表されるように、劇的な感情表現と洗練された色彩感覚が特徴です。古典主義者からは批判されましたが、ロマン主義の旗手として高い評価を確立しました。1

1882

1882年に91歳で亡くなるまで、半世紀以上にわたりイタリア画壇の重鎮として君臨しました。彼の作風は時代の変遷とともに進化し続け、イタリア近代美術の形成において極めて重要な役割を果たしました。1

出典

  1. [1]en.wikipedia.org