
Artist
Frances Hodgkins
作品(1)
年表
1869年、ニュージーランドのダニーデンに生まれました。弁護士でアマチュア画家だった父の影響を受け、地元の美術学校で学んだ後、渡英資金を稼ぐために美術教師として働き始めました。1
1901年にヨーロッパへ渡り、フランスやイタリアを旅しました。1903年には、彼女の水彩画がニュージーランド人として初めてロンドンのロイヤル・アカデミーに展示される快挙を成し遂げました。1
1910年、パリのアカデミー・コラロッシで女性として初めての講師に任命されました。教え子の中には、後にカナダを代表する画家となるエミリー・カーも含まれていました。1
第一次世界大戦中の1915年、それまでの水彩画中心の制作から油彩画へと挑戦の幅を広げました。コーンウォールでの滞在は、彼女の技法に新たな展開をもたらす重要な転機となりました。1
1919年にフランスへ渡ると、マティスやドランの影響を受けつつ、独自のスタイルを確立しました。簡略化された形態と色彩の調和を重視する作風は、ロンドンの個展で大きな反響を呼びました。1
1925年からはマンチェスターでテキスタイル・デザイナーとして勤務しました。この経験は、後の彼女の絵画における装飾的な要素や、色彩感覚の洗練に寄与したと考えられています。1
1929年には「セブン・アンド・ファイブ・ソサエティ」に加入し、ヘンリー・ムーアやバーバラ・ヘップワースらと共に活動しました。イギリス・モダニズムの重要人物として確固たる地位を築きました。1
1930年代、風景画と静物画を融合させる独自の試みを行いました。静物の中に自画像的な要素を紛れ込ませるなど、従来のジャンルの枠を超えた実験的な表現を追求し続けました。1
1939年、ヴェネツィア・ビエンナーレのイギリス代表に選出されました。しかし、第二次世界大戦による渡航制限のため、作品を運ぶことができず、幻の代表選出となってしまいました。1
晩年はリウマチや気管支炎に苦しみながらも、70代まで創作を続けました。1947年に没した際、彼女はイギリスで最も優れた現代画家の一人として高い評価を受けていました。1