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Anne-Louis Girodet

Artist

Anne-Louis Girodet

作品(2)

年表

1789

22歳で若手画家の登竜門であるローマ賞を受賞しました。1789年から1793年までイタリアに滞在し、この時期に制作した「エンドゥミオンの睡眠」がサロンで絶賛され、画家としての名声を確立しました。1

1802

作品「オシアン」では、燐光を放つ流星や霧のような光、幽霊のような登場人物を描き、古典的な規範を逸脱しました。奇妙で不気味なものへの関心は、個人の想像力を重視するロマン主義の美学を体現しています。1

1806

1806年のサロンで、師ダヴィッドの「サビニの女たち」と競い合い、ジロデの「大洪水」が10年賞を勝ち取りました。これは師の権威を脅かすほどの才能を世に知らしめる象徴的な出来事となりました。1

1808

シャトーブリアンの小説を題材にした「アタラの埋葬」は、当時の文学的流行をいち早く絵画に取り入れた作品です。それまでの演劇的な誇張を抑えた静謐な表現が、大衆から熱狂的な支持を得ました。1

1812

40代に入ると、夜間に制作に没頭する不規則な生活や過労がたたり、健康状態が悪化しました。その影響で創作意欲や画力に衰えが見え始め、晩年の作品はかつての輝きを失ったと評されることもあります。1

若くして両親を亡くした彼は、医師トリオゾンに養育されました。二人の絆は非常に深く、1812年には養父への敬意を表して、その姓を自身の名に加えた「ジロデ=トリオゾン」と名乗るようになりました。1

1829

画家としてだけでなく、文学にも深い関心を持っていました。詩作や評論に多くの時間を費やし、死後の1829年には、彼の友人によって詩集「画家」や古典詩の模倣作などが遺稿集として出版されました。1

出典

  1. [1]en.wikipedia.org