
Artist
Ramon Martí Alsina
年表
バルセロナに生まれ、マタローの海岸や山々の自然にインスピレーションを得た彼は、カタルーニャにおける近代写実主義絵画の先駆者として知られています。1
8歳で孤児となり、養父の反対を受けながらも哲学を学び学位を取得。その傍ら、夜間学校で美術を学び、地元のブルジョワジー向けに肖像画家としてキャリアをスタートさせました。1
1848年のパリ訪問でドラクロワらの作品に触れ、後にクールベやバルビゾン派の影響を受けます。これが彼のロマン主義から写実主義への転換点となりました。1
1851年のバルセロナ美術展で初の主要な展示を行い、1855年には王立カタルーニャ美術アカデミーの会員に選ばれるなど、若くしてその才能を認められました。1
1852年に母校の教授に就任すると、当時のスペインでは画期的だった「外光派(プレネール)」の概念を学生たちに初めて紹介し、教育面でも大きな足跡を残しました。1
生涯の執念となった「ジローナ包囲戦」の連作は、縦約5メートル、横約10メートルを超える巨大な歴史画を含む壮大な計画でしたが、未完のまま終わりました。1
共和主義や反教会主義を支持した彼は、1869年憲法への忠誠誓約を拒否して教授職を辞しました。政治的信念のために地位を捨てる、強い意志を持った人物でした。1
1870年代、最愛の子供2人と妻を相次いで亡くす悲劇に見舞われます。この精神的苦痛と多額の借金という逆境の中で、彼は最も創造的な時期を迎えました。1
借金返済のため、彼は7つの工房を同時に開き、助手たちが描いた作品に自ら仕上げを施す「工場」のような量産体制を構築。署名入りの作品は4,000点を超えました。1
晩年は再婚したものの、経済的な問題は生涯彼を追い詰め続けました。しかし、その写実的な筆致は後のスペイン美術界に多大な影響を与え続けています。1