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Johann Heinrich Wilhelm Tischbein

Artist

Johann Heinrich Wilhelm Tischbein

作品(1)

年表

1751

1751年、ドイツの有名な画家一族に生まれる。14歳で叔父の「カッセルのティシュバイン」に弟子入りし、肖像画家としての基礎を築き、後に一族で最も著名な存在となった。1

1779

1779年のローマ滞在を機に、それまでの装飾的なロココ様式から、厳格で理想主義的な新古典主義へと画風を大きく転換させた。これは彼の芸術における最も重要な転換点である。1

1783

文豪ゲーテの推薦により奨学金を得て、1783年に再びイタリアへ渡る。ローマではゲーテと共同生活を送り、彼に絵画を教えるなど、二人の間には深い友情が育まれた。1

1786

ローマのコルソ通りにある彼らの共同住居は、現在「ゲーテ・ハウス」という博物館になっており、当時の芸術家たちの交流や生活の様子を今に伝える貴重な場所となっている。1

1787

1787年に制作された代表作『ローマのカンパーニャにおけるゲーテ』は、古代の遺跡を背景に文豪を描いたもので、ドイツ新古典主義肖像画の傑作として今日まで広く知られている。1

Goethe in the Roman Campagna
1789

1789年から10年間、ナポリ美術アカデミーの院長という要職を務めた。この時期、彼は教育者としてだけでなく、古代美術の研究者としても大きな影響力を持っていた。1

1790

ナポリ滞在中、ウィリアム・ハミルトン卿が収集した古代ギリシャの花瓶を題材に、精緻なエッチングや彫版を制作した。これは当時の古典古代趣味の普及に大きく貢献した。1

1799

1799年、フランス軍のナポリ侵攻という政治的激動に巻き込まれ、長年務めたアカデミー院長の職を辞してイタリアを離れ、ドイツへ帰国することを余儀なくされた。1

1801

彼は肖像画だけでなく、ホメロスの『イリアス』や『オデュッセイア』の挿絵も手がけた。古典文学を視覚化する彼の試みは、当時の教養市民層から高い評価を受けた。1

1810

晩年はオイティン城でオルデンブルク大公に仕えながら、自叙伝『わが生涯より』の執筆に専念した。この著作は、当時の芸術界やゲーテとの交流を知るための重要な史料である。1

出典

  1. [1]en.wikipedia.org