画面中央のマルタは、死後数日経った弟の遺体が臭うことを懸念し、鼻を覆うような仕草でリアリティを表現しています。[1] 背景にはローマ風の遺跡と橋が描かれていますが、空の表現には出身地ヴェネツィア派特有の叙情的な雰囲気が混在しています。[1] 盛期ルネサンスの様式に従い、キリストにさえ光輪(後光)が描かれていないため、群衆の中から主役を見つけるのが困難なほどです。[1]
最新の調査により、制作途中でミケランジェロの助言を受け、ラザロのポーズを根本から描き直した跡が判明しています。[1] 制作当時は最高の色彩美を誇りましたが、独自の技法と経年変化により画面全体が暗転し、かつての輝きは失われてしまいました。[1]
ロンドン・ナショナル・ギャラリーが1824年に設立された際、目録の第1号「NG1」として登録された記念碑的な作品です。[1] ミケランジェロが宿敵ラファエロに対抗するため、自身の「身代わり」としてセバスティアーノを立てて仕組んだ異例の競作でした。[1] ラファエロの遺作『キリストの変容』と同じサイズで競われましたが、当時のローマの批評家たちはラファエロの勝利と判定しました。[1] 通称の「デル・ピオンボ(鉛の)」は、彼が後に教皇庁の印章管理官(鉛の印章を扱う職)に就いたことに由来します。[1] 彫刻に専念していたミケランジェロは、ラファエロを打ち負かすためにラザロなどの主要な人物の下絵を密かに提供しました。[1] 依頼主のメディチ家は、その名が「医者」を意味するため、キリストを「癒やし手」として描く主題を好んで選んでいました。[1] セバスティアーノは、当時の慣習に従い、画面に描き込まれた「登場人物の数」に基づいて制作費を請求しようと考えていました。[1]