

聖セバスティアヌスは通常、立姿で描かれますが、本作では非常に珍しい「膝をついた姿勢」をとっています。これはミケランジェロなどの巨匠の作品を引用した、意図的な構図の挑戦と考えられています。[1] 聖人を貫く「矢」は、古来より疫病(ペスト)の象徴でした。当時、繰り返される疫病の恐怖から逃れるため、守護聖人としてのセバスティアヌスへの信仰がこの絵の背景に強く反映されています。[1] 聖人の体重を支える大きな岩の上に、エル・グレコの署名が残されています。この岩は、不自然なほどねじれたポーズを物理的に支えるという、構図上の重要な役割も果たしています。[1] 聖人の目は天を仰いでおり、死の苦しみよりも、神との対話や死を受け入れた恍惚感を感じさせます。背景には、嵐を予感させる不穏な風景が素早い筆致で描かれています。[1]
後年のエル・グレコ特有の「極端に引き伸ばされた身体」や「奇抜な色彩」はまだ現れておらず、イタリア修行時代の面影を残す、肉感的で写実的な肉体表現が特徴です。[1]
この傑作は現在、スペインのパレンシア大聖堂に所蔵されていますが、当初誰のために描かれたのか、どのような経緯でここへ辿り着いたのかは、今も美術史上の謎とされています。[1] 反宗教改革の厳しい時代、聖セバスティアヌスの殉教は、画家たちが宗教画の中で「裸体」を堂々と描くことが許された、数少ない例外的なテーマの一つでした。[1] エル・グレコは「ミケランジェロは絵の描き方を知らない」と酷評していましたが、本作のポーズは皮肉にもミケランジェロの彫刻『勝利の天才』を模倣しているという矛盾した事実が指摘されています。[1] 本作は、一般にスペインでの初作品とされる『聖衣剥奪』よりも前に描かれた可能性が浮上しています。もし事実なら、エル・グレコがスペインで最初に手掛けた真のデビュー作となります。[1] 本作の構図は、ミケランジェロだけでなく、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノの『アヴェロルディ祭壇画』からも影響を受けている可能性があり、巨匠たちの技法の競演が見て取れます。[1]