

母子像で知られるカサットが「男性」を大きく描いた非常に珍しい作品です。背中を向けた謎の男性は、地元の漁師の服装を洗練させた衣装を身にまとっており、画面に強い緊張感を与えています。[1] オール、帆、男性の腕が作る対角線の交点に母子が配置され、観客の視線を自然と主役へ導きます。また、このオールは「男性の世界」と「女性の世界」を隔てる象徴的な境界線とも解釈されています。[1]
大胆に切り取られた構図や非対称な配置には、カサットが熱心に収集していた浮世絵の影響が色濃く反映されています。1890年にパリで見た日本版画展が、彼女の画風を劇的に進化させました。[1] 漕ぎ手の男性には大胆で暗い色を使い、乗客の母子とボートには明るい黄色を用いることで、鮮やかなコントラストを生み出しています。この色彩感覚は、印象派の屋外観察に基づいたものです。[1]
カサットはこの画を家族のために残すと約束し、当初は売却を拒んでいました。しかし晩年、家族がこの傑作を自分ほど大切に思っていないと感じ、最終的に市場に出すという苦渋の決断を下しました。[1] この作品は、1966年にアメリカの郵便切手のデザインとして採用されました。カサットの芸術的功績を象徴する一枚として、美術館を飛び出し、広く国民に親しまれるアイコンとなったのです。[1] 縦約90cm、横約117cmというサイズは、カサットの現存する油彩画の中で最大級の規模を誇ります。室内画が多い彼女にとって、これほど野心的で巨大な作品は極めて異例な挑戦でした。[1] 制作前年の1893年は、シカゴ万博での壁画制作や個展の成功、フランス政府による作品購入決定など、カサットのキャリアが絶頂期に達した時期であり、その自信がこの大作に結実しました。[1] 制作地のアンティーブについて、カサットは「景色が美しすぎて退屈だ」と漏らしています。さらに、地元のモデルたちが自分のインスピレーションを刺激するほど美しくないという不満も日記に記していました。[1] マネの作品『ボートにて』に触発されたと言われています。カサットはこのマネの絵を友人に購入させるほど高く評価しており、その構図を自身の野心作へと昇華させたのです。[1]