X線調査により、当初は「キャンバスに向かって筆を動かす姿」だったことが判明。しかし彼はあえてその動きを消し、腰に手を当てて鑑賞者を睨みつけるような、威風堂々とした巨匠のポーズへと変更しました。[1] 手やパレット、筆を持つ部分は驚くほど速い筆致で描かれ、一見すると「描きかけ」のようです。しかし、この粗い仕上げが、見る者の視線を最も精緻に描き込まれた「魂の宿る顔」へと強烈に引きつけます。[1] 背景の「二つの円」は最大の謎です。世界地図の投影図という説から、一筆で完璧な円を描いた伝説の画家ジョットへの対抗心、あるいは神の完璧さを表すカバラの象徴という説まで、多様な解釈が存在します。[1] レンブラントが纏っているのは、毛皮の裏地がついた豪華な「タバール(ガウン)」です。世俗的な富を失った後も、彼は画家としての正装を身にまとうことで、芸術家としての高い誇りを示し続けました。[1]
髭や眉毛、襟元のラインは、絵具が乾かないうちに鋭い道具で「引っ掻いて」描かれています。筆で塗るだけでなく、絵具の層を彫刻のように削り取ることで、晩年特有の荒々しくも生々しい質感を生み出しました。[1] 顔の部分は厚塗りの絵具で彫刻のように造形されていますが、瞳だけは薄いグレーズ(透明な層)で描かれています。この技法の対比により、影に沈んだ眼差しに底知れない深みと神秘性が与えられています。[1]
40枚以上の自画像を描いたレンブラントですが、本作には珍しく署名も日付もありません。彼がこの作品を「未完成」と考えていたのか、あるいは永遠の遺言としたのかは、今も美術史上の謎とされています。[1] 18世紀の巨匠フラゴナールはこの「未完成の美」に魅了され、本作の模写を残しました。当時は「雑な仕上げ」と批判されることもあったレンブラントの筆致は、後の印象派を200年も先取りしていました。[1] 他の晩年の自画像が内省的なのに対し、本作のレンブラントは「不遜で挑戦的」に見えます。破産し名声を失った時期でありながら、自分こそが絵画の真理を掴んだ巨匠であるという強烈な自負が表現されています。[1]