この老人がエル・グレコ本人か否かは100年以上議論されています。決定的な証拠がないまま、今も「自画像」の候補として扱われる謎多き作品です。[1] 背景が何もない暗い空間なのは、エル・グレコが故郷クレタ島で修行した「ビザンティン・イコン」の伝統的な手法が息づいている証拠です。[1] エル・グレコの他の傑作にも同じ顔の人物が何度も登場しており、画家の加齢に合わせて作品内の人物も年老いているという興味深い指摘があります。[1]
輪郭線をあいまいにし、荒い筆致を残す技法は、彼がヴェネツィアでティツィアーノやティントレットから学んだ革新的な表現の成果です。[1] 制作年代の特定には「ファッション」が使われました。特徴的なひだ襟(ラフ)の幅が、1590年代にスペインで大流行したスタイルと一致しています。[1]
1965年にスペインで発行された没後350周年記念切手には、この「正体不明の老人」がエル・グレコの公式な顔として採用されました。[1] スペインの侯爵や批評家の手を経て、1924年にメトロポリタン美術館が購入。現在はニューヨークを代表するスペイン絵画の一つとなっています。[1] 画家の息子の遺産目録にある「黒い額縁に入った父の肖像」という記述が、本作を自画像と特定する有力な手がかりの一つとされています。[1] 自画像ではなく、画家の親族を描いたという説もあります。特に息子のホルヘ・マヌエルと顔立ちが似ていることがその根拠とされています。[1] あえて10〜15年も時代遅れの襟を着た老人を描いたという説もあり、その場合は画家の死の直前である1610年頃の作品ということになります。[1]