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美術館展覧会
Saint Sebastian Tended by Irene

Saint Sebastian Tended by Irene

Hendrick ter Brugghen
Date1625
Departmentcanvas
SourceWikipedia
画像出典Wikimedia Commonsパブリックドメイン

この作品について

描かれているもの

バロック期の画家たちは通常、この場面をロウソク一本で照らされた暗い室内として描きます。しかし、テル・ブルッヘンはあえて屋外を設定し、柔らかい銀色の光で聖人の半死半生の体を照らし出しました。[1] キャンバスの左上から右下へと貫く大胆な対角線が、作品に劇的な動きを与えています。突き刺さった矢がその線を強調し、見る者の視線を苦悶する聖人の体から、救いの手へと自然に導く構造になっています。[1] 聖人が横たわっている鮮やかな赤と金の布は、単なる装飾ではありません。これはカラヴァッジョ派の画家がよく用いる象徴で、キリストの流した血と、信仰のために命を捧げる殉教を意味しています。[1] 画面の中には「3」という数字が隠されています。3人の人物の頭部、3つの手、遠くに見える木の3枚の葉など、これらはキリスト教における「三位一体」を象徴し、神の存在を暗示していると考えられています。[1]

技法と様式

美術史家シーモア・スライヴはこの作品を「最高傑作」と称賛しました。彫刻のような力強い造形でありながら、銀色の光が肌の質感を柔らかく包み込み、残酷な場面を崇高な美へと昇華させているからです。[1] 縄で縛られ力なく垂れ下がったセバスティアヌスの手と、それを解こうとする侍女の力強い手の対比が見事です。死にゆく肉体の「静」と、救済を試みる生命の「動」が、指先の描写だけで表現されています。[1]

背景と物語

画家のテル・ブルッヘン自身はプロテスタントでしたが、カトリックの反宗教改革を象徴するこの主題を描きました。宗派を超えて、苦難の中にある人々へ救済のメッセージを届けようとしたのかもしれません。[1] 聖セバスティアヌスの青白い肌は、当時ユトレヒトで流行していたペストの犠牲者をモデルにしたと言われています。この作品は、病に苦しむ人々を癒やすための施設に飾るために描かれた可能性が高いのです。[1] 1620年代のユトレヒトではペストが猛威を振るっていました。画家が処刑の瞬間ではなく「救出」の場面を選んだのは、死の恐怖に直面していた当時の人々に対し、絶望の中にも救いがあることを示すためでした。[1] 当時、裸の聖セバスティアヌス一人の像は女性信者の「不適切な妄想」をかき立てると問題視されていました。教会はそれを避けるため、聖イレーネが介抱するこの物語的な場面を推奨したという背景があります。[1]

Images courtesy of partner museums. All artworks are in the public domain.