Portrait of Wally
Egon Schieleこの作品について
描かれているもの
17歳でシーレのモデル兼恋人となったヴァリ。クリムトの愛人だったという説もあり、シーレの最も衝撃的な作品群のミューズとして、彼の芸術に不可欠な存在でした。[1] ヴァリの肖像は、シーレが彼女を捨てた後に描いた『死と乙女』にも引用されています。かつての恋人を死神に抱かれる乙女として描き直した、シーレの複雑な罪悪感が投影されています。[1]
背景と物語
ナチスによる略奪の犠牲となった本作。ユダヤ人画商レア・ボンディは、1939年の亡命直前にナチス協力者の画商から「何ができるか分かっているな」と脅され、本作を奪われました。[1] 1998年、ニューヨーク近代美術館での展示中に検察が本作を差し押さえ。このスキャンダルは、世界の美術館が略奪美術品の出所調査を徹底するきっかけとなった歴史的事件です。[1] 自由奔放な生活を送るシーレとヴァリは、移住先の町から「不道徳だ」と住民に追い出されました。シーレはその後、未成年者へのわいせつ容疑で逮捕され、24日間投獄されています。[1] シーレは「有利な結婚」をするために、長年連れ添ったヴァリを冷酷な手紙一通で捨てました。絶望した彼女は二度と彼に会わず、従軍看護師として戦地へ向かい、23歳の若さで病死しました。[1] 12年に及ぶ泥沼の訴訟の末、レオポルト美術館が遺族に1900万ドル(約17億円)を支払うことで和解。絵画1枚の所有権を巡る代償としては、当時、史上最高額級の決着となりました。[1] 戦後、米軍の事務的ミスで別の収集家の持ち物と混同され、本来の持ち主ではなくオーストリア国立美術館に引き渡されました。この「取り違え」が、後の半世紀に及ぶ紛争の火種となりました。[1] 現在はウィーンのレオポルト美術館に所蔵されていますが、2010年の和解条件により、展示の際にはナチスによる略奪と返還訴訟の歴史を明記することが義務付けられています。[1] 収集家レオポルトは、元所有者から返還の助力を頼まれながら、裏で自分用に買い取りました。さらに自著の目録から彼女の名前を抹消し、略奪の事実を隠蔽しようとした疑いがあります。[1]