

Portrait of Johann von Schwarzwaldt
Hans Holbein the Youngerこの作品について
描かれているもの
画面の両端には「1543年、24歳」という金色の文字が浮かび上がっています。この具体的な数字こそが、後世の歴史家たちがモデルの正体を暴くための、最も重要な手がかりとなりました。[1] 題名にはシュヴァルツヴァルトとありますが、画中の「24歳」という銘文と彼の実際の年齢が一致しません。この矛盾が、500年近く続くモデル特定をめぐるミステリーの始まりとなりました。[1] 近年の研究では、この青年はヘンリー8世の側近トマス・クロムウェルの息子、グレゴリーである説が有力です。彼は王の義弟であり、未来の国王エドワード6世の叔父という極めて高貴な身分でした。[1] 指輪に刻まれた「Z」または「N」の文字は、シュヴァルツヴァルト家の紋章とは一致しません。これが、クロムウェル家の紋章にあるジグザグ模様(インデント)を表しているという新説の決定打となりました。[1]
技法と様式
羊皮紙にテンペラで描かれたこの極小の肖像画には、刺繍の細部や手袋の質感まで驚異的な精度で描き込まれています。王族級の人物しか許されなかった、贅を尽くしたミニアチュールの傑作です。[1]
背景と物語
第二次世界大戦中、ナチスに略奪され、後にソ連軍の「戦利品」として持ち去られました。現在はモスクワのプーシキン美術館にありますが、ポーランド政府が今も返還を求め続けている数奇な運命の作品です。[1] 制作時のロンドンはペストの猛威にさらされ、裁判所が閉鎖されるほどの惨状でした。ホルバインは遺言書を作成したわずか数週間後に亡くなっており、本作はその極限状態で描かれた執念の1枚です。[1] 本作が描かれた1543年は、作者ホルバインがロンドンでペストにより急死した年です。死の直前に完成したこの肖像画は、巨匠がこの世に残した「最後の作品」である可能性が高いとされています。[1] 全く同じ人物を描いた別のミニチュアがオランダ王室のコレクションからも発見されています。同じモデルの肖像画が複数存在することは、この青年が当時の宮廷でいかに重要人物だったかを物語っています。[1] クロムウェル家の家計簿には、1538年に「画家ハンスに40シリング」を支払った記録が残っています。この支払いは、グレゴリーの結婚を祝して肖像画が依頼された可能性を強く示唆しています。[1]