完成作を見たイザベラは「自分がこれほど美しかった時期があったか疑わしい」と自嘲気味に語るほど、実物とかけ離れた美しさに仕上がっていました。[1] 彼女が被っている巨大な頭飾り「バルツォ」は、イザベラ自身が考案した流行の最先端。当時の貴族たちがこぞって真似をしたファッションアイコンとしての象徴です。[1] 鋭い眼差しと硬直した姿勢は、彼女の支配的な性格を物語っています。若々しい外見とは裏腹に、北イタリアの宮廷を支配した権力者の威厳が画面から溢れ出しています。[1] 理想化されている一方で、鷲鼻や薄い眉など、当時の美の基準とは異なる彼女独自の身体的特徴も残されており、単なる美化ではない強烈な個性が漂っています。[1]
当時60歳のイザベラは、若く美しく描かれることを熱望しました。25年以上前の古い肖像画を元にティツィアーノに制作を依頼し、究極の「若返り」を実現させたのです。[1] ティツィアーノは本人に一度も会わずにこの絵を描きました。四半世紀も前の他人の素描や口頭での説明だけを頼りに、実物とは異なる「理想の美女」を作り上げたのです。[1] 1659年の目録では、なぜか「キプロス王妃カテリーナ・コルナーロ」として記録されていました。長年、モデルが誰であるかについて激しい論争が続いてきた作品です。[1] このキャンバスは後世に左右が切り詰められており、元々はもっと広い構図でした。ティツィアーノが意図した本来の空間構成は、今では想像するしかありません。[1] 「世界の第一夫人」と呼ばれた彼女は老いを極端に嫌いました。以前の肖像画が老けて見えたことに不満を持ち、この「黒いドレス」版を再注文したと言われています。[1] イザベラは美術品の熱狂的なコレクターであり、巨匠ティツィアーノでさえ、彼女の機嫌を損ねないよう細心の注意を払って「お世辞」を絵に込める必要がありました。[1]