画面手前の石の欄干から巨大な袖がはみ出しており、絵画の世界と鑑賞者の空間の境界を打ち破るような、当時としては極めて革新的な構図が採用されています。[1] モデルの正体は長年の謎で、詩人アリオストや画家自身の自画像とも言われましたが、現在は有力政治家一族のジェローラモ・バルバリーゴ説が最も有力です。[1]
かつて袖の表面には、布の質感を表現する繊細な赤い糸の線が描かれていました。現在は経年変化で色あせてしまっていますが、当時はさらに鮮烈な描写でした。[1] 頭部と腕が描く緩やかな螺旋状の動きは、当時フィレンツェで起きていた最新の芸術的動向を、若きティツィアーノが敏感に察知していたことを示しています。[1] 石の欄干には「TV」という文字が刻まれています。これは画家の署名とも、「徳はすべてに打ち勝つ」という格言の略称とも言われ、今も議論が続いています。[1]
巨匠レンブラントはこの作品に強い衝撃を受け、自身の有名な自画像でこのポーズをそのまま模倣しました。100年以上の時を超え、天才が天才を写したのです。[1] 20世紀に入るまで、この傑作はティツィアーノではなく、彼の師匠格であるジョルジョーネの作品だと信じられていました。若き才能が師の影に隠れていたのです。[1] 17世紀の巨匠ヴァン・ダイクもこの絵を熱望し、死の直前に購入したとされています。彼の遺産目録には、この作品と思われる肖像画が記されていました。[1] モデルが30歳を迎えた記念の肖像画という説があります。当時のヴェネツィアでは、30歳は貴族が重要な政治的役割を担う資格を得る、人生の大きな節目でした。[1] 自画像説の根拠の一つはモデルの視線です。これは画家が凸面鏡に映った自分を覗き込みながら描いた際に生じる、特有の角度である可能性が指摘されています。[1]