この虹は物理的にあり得ない現象です。太陽と月の2つの光源が描かれていますが、どちらも虹が発生する位置にはありません。これは写実ではなく、画家の内面的な精神世界を描いた証拠なのです。[1] 前景に背を向けて立つ男は、フリードリヒ自身をモデルにしています。彼の特徴であるブロンドの髪と豊かな髭が描き込まれており、画家本人が自然の崇高さを体験している様子を暗示しています。[1] 「後ろ姿の人物(リュッケンフィグール)」という手法が使われています。鑑賞者はこの人物に自分を重ね合わせ、彼と同じ視点で広大な自然の圧倒的なパワーを追体験するように設計されているのです。[1] 男が寄りかかっている岩は、単なる風景の一部ではありません。フリードリヒの作品において「岩」はキリスト教的信仰の堅固さを象徴しており、揺るぎない信仰心が魂を支えていることを示しています。[1] 闇に浮かぶ虹は、旧約聖書の「ノアの方舟」に登場する神と人類の契約の象徴とされます。現世の苦難を象徴する暗い谷と、神聖な精神世界を繋ぐ架け橋として、深い宗教的意味が込められています。[1]
制作直後の1810年、ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公カール・アウグストによって購入されました。当時から彼の革新的なスタイルは、高い地位にあるパトロンたちにその価値を認められていたのです。[1] 詩人コーゼガルテンの「自然の中に神が宿る」という教えに強く影響を受けています。この作品は、自然を観察することがそのまま神との対話になるという、当時のロマン主義的な宗教観を体現しています。[1] フリードリヒは「肉眼を閉じ、心の目で見る」ことを重視しました。この作品は、単なる風景の記録ではなく、画家の魂が捉えた自然の神々しさを表現した、極めて主観的な精神の風景画といえます。[1] 画面下の不気味なほど暗い谷は「死の影の谷」を象徴していると考えられています。それに対し、淡く輝く虹は神の平和と約束を意味し、死の恐怖に対する救済というドラマチックな対比を描き出しています。[1]