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Madonna of the Magnificat

Sandro Botticelli
Date1483
Departmentpanel
SourceWikipedia
画像出典Wikimedia Commonsパブリックドメイン

この作品について

描かれているもの

聖母マリアは通常「読書」する姿で描かれますが、本作では自らペンを執り「執筆」しています。当時の女性の識字能力は「奇跡」に近い不可能事と考えられており、非常に珍しい描写です。[1] 開かれた本には、マリアの賛歌「マグニフィカト」だけでなく、対面には洗礼者ヨハネの父ザカリアの賛歌「ベネディクトゥス」も記されており、二つの聖なる物語が一つの画面で交差しています。[1] 幼子イエスはただ抱かれているのではなく、母マリアの手を添えて執筆を「導いて」います。神の言葉を記す母を、神の子自らが物理的にサポートするという、親密かつ神秘的な共同作業です。[1] マリアが持つザクロは、解剖学的に正確な「人間の心臓」を模しているという説があります。種子の多さは豊穣を、その形状はキリストが受ける苦難と復活、そして生命の鼓動を象徴しています。[1] 聖母はメディチ家のロレンツォの母ルクレツィア、周囲の天使は彼の息子たちを描いた肖像画だという説があります。真偽は不明ですが、当時の権力者との深い繋がりを暗示させます。[1]

技法と様式

ボッティチェリは聖母の顔を、磁器のように青白く、鼻や頬に淡いピンクの赤みが差す独特の質感で描きました。この世のものとは思えない透明感のある美しさは、彼の「メディチ期」の大きな特徴です。[1]

背景と物語

ルーヴル美術館にある複製画では、マリアに冠を授ける左端の天使が「消去」されています。その分、別の天使の翼が大きく広げられており、オリジナルとは異なる構図の意図がうかがえます。[1] 1784年にウフィツィ美術館が個人から購入するまで、この傑作の来歴は謎に包まれていました。トスカーナ大公による修道院解体の際に流出したものと考えられており、数奇な運命を辿っています。[1] 聖母は当時のフィレンツェの流行服だけでなく、ビザンチン様式のスカーフを肩に羽織っています。古典的な優雅さと当時の最新ファッションを融合させる、ボッティチェリ独自の美学が反映されています。[1] 本作は女性の知性を称賛しているようでいて、実は「女性が書くことは奇跡(=普通はあり得ない)」と強調する、当時の人文主義的な皮肉や限界も内包しているという複雑な解釈が存在します。[1]

Images courtesy of partner museums. All artworks are in the public domain.