

絵の表面には、鼻から目にかけて顔を横切るような深いひっかき傷が残っています。この損傷がいつ、どのような経緯でついたのかは、今も謎に包まれています。[1] 発見当時、所有者一家はこの絵を天文学者ガリレオ・ガリレイの肖像画だと信じ込んでいました。レオナルドの自画像という説は、発見後の調査で浮上した驚きの主張です。[1] この肖像画のレオナルドは、澄んだ「青い瞳」を持つ人物として描かれています。これは他の有名な肖像画には見られない、この作品独自の非常に珍しい特徴です。[1]
裏面には「PINXIT MEA(私がこれを描いた)」という文字が、レオナルド特有の「鏡文字」で記されています。これは彼自身の筆跡である可能性を示唆する重要な証拠です。[1] パネルの裏側には、2枚の板を繋ぎ合わせるための「蝶形契り」が施されています。これはルネサンス期の高度な木工技術を示す特徴的な構造です。[1]
2017年、マルタ大学はこの作品の展示許可を拒否しました。美術史学科がレオナルド真筆という鑑定に疑義を唱えたためで、真贋を巡る激しい論争を象徴する事件となりました。[1] 2008年、イタリアの民家のクローゼットから偶然発見されました。それまでこの貴重な肖像画は、人知れず家庭内の収納スペースに長年眠っていたのです。[1] 1815年の古書『ナポリの古今』には、バネッロ公爵の宮殿にレオナルドの手による肖像画が存在したという記録があり、この作品の来歴を裏付ける有力な手がかりとなっています。[1] ウフィツィ美術館にある19世紀の偽作と酷似していますが、近年の調査ではこちらがその「元となった真作」である可能性が指摘され、評価が逆転しつつあります。[1]
科学的な放射性炭素年代測定により、木枠の木材が1459年から1523年のものであると判明しました。これはレオナルド・ダ・ヴィンチの生存期間と見事に一致しています。[1]