

泥酔した石工はズボンを履いておらず、靴下もずり落ちた無様な姿で描かれています。仲間たちはその失態をあざ笑っており、当時の労働者の生々しい日常が切り取られています。[1] 王立タペストリー工場側は、ゴヤの意図に反してこの作品に細長いフォーマットを強要しました。職人たちの嘲笑する表情と、背景の暗い空のコントラストが強烈な印象を与えます。[1]
当時主流だった華やかなロココ様式の伝統を打ち破り、後のロマン主義や社会写実主義の先駆けとなる、労働者を主人公とした反抗的な主題を選んでいる点が画期的です。[1] 茶色と灰色を基調とした色彩と、素早い筆致が特徴です。手前には厚塗りのインパスト技法を使い、背景を薄く描くことで、空間の奥行きと冬の冷たい空気感を表現しています。[1]
当初は「酔った石工」という滑稽な主題でしたが、王宮に飾るには不適切とされ、最終的には王の労働者保護令を称える「負傷した石工」へと描き直されることになりました。[1] ゴヤはこの下絵を、自身の重要なパトロンであったオスーナ公爵夫妻に売却しました。1896年の公爵家の資産売却を経て、最終的にプラド美術館の至宝となりました。[1] この下絵を含む連作は、エル・パルド宮殿の王子の食堂を飾る予定でしたが、1788年の国王カルロス3世の死去により未完に終わり、後に別の宮殿へバラバラに運ばれました。[1] この作品は、ゴヤの友人ホベリャーノスらが推進した労働改革や公衆衛生への関心を反映しています。単なる風俗画ではなく、労働者の安全という社会問題への風刺が込められています。[1] 専門家は、この作品が「負傷した石工」の単なる下書きなのか、あるいは同じテーマの独立したバリエーションなのか、今なお議論を続けており、謎に包まれた一枚です。[1]