ゴッホの代名詞とも言える「星空」が初めて描かれた記念碑的な作品です。有名な『星月夜』よりも1年早く、夜の空を星で埋め尽くすという独自のスタイルがここで誕生しました。[1] 舞台となったアルルの広場は、1990年代にこの絵画の風景を再現するために改修されました。現在も観光客は、かつてゴッホがイーゼルを立てたのと同じ場所に立つことができます。[1] 画面右側には当時ローマ時代の遺跡が隣接していましたが、ゴッホはあえてそれらを描きませんでした。歴史的建造物よりも、カフェの光と夜の色彩の対比を優先した大胆な省略です。[1] 12人の客と中央の給仕を、イエスと12使徒に見立てた「最後の晩餐」であるという説があります。窓枠の十字架や、光輪のような黄色い背景がその象徴とされています。[1]
「黒を一切使わずに夜を描く」という挑戦的な試みがなされています。ゴッホは妹への手紙で、黒の代わりに美しい青や紫、緑を用いることで、夜の闇を表現したと熱っぽく語っています。[1] 当時は昼間にスケッチし、後で色を塗るのが一般的でしたが、ゴッホは夜の現場で直接キャンバスに向かいました。暗闇で色を間違えるリスクを承知で、夜の光の豊かさを捉えようとしたのです。[1] この作品には署名がありません。しかし、ゴッホが家族や友人に宛てた3通の手紙の中で詳しく描写されているため、彼の真作であることが疑いようのない事実として確認されています。[1]
モーパッサンの小説『ベラミ』の冒頭、パリの星空の下で輝くカフェの描写に触発されたと言われています。文学的なイメージを、南仏アルルの実際の風景に重ね合わせて描きました。[1] ゴッホは当時、12人の「芸術家使徒」による共同体を夢見て椅子を12脚購入していました。この絵に描かれた12人の客は、彼の抱いていた宗教的な情熱や孤独の裏返しとも考えられています。[1]
星座の配置から、制作日時が特定されています。描かれた水瓶座の位置を天文学的に分析した結果、1888年9月初旬の夜11時頃の空であることが判明しました。[1]