聖母が持つ小さな花は十字架の形をしており、幼いキリストが自らの受難(十字架刑)を予見するという深い象徴性が込められています。[1] 伝統的な聖母像とは異なり、マリアが若々しく、子供と遊びながら笑い声を上げているような、非常に喜びに満ちた表情で描かれています。[1] 暗い室内を描きながらも、背景の二重アーチの窓からは淡い青空が覗いており、レオナルド特有の空間の広がりを感じさせます。[1]
師ヴェロッキオから独立して描いた、レオナルド最初の単独作品と考えられています。若き天才が自らの足で歩み始めた記念碑的な一作です。[1] ロシアの魚商人がわずか1400ルーブルで購入し、その後、娘の結婚を通じて建築家ベノワ家へと受け継がれた数奇な流転の歴史を持っています。[1] 1912年の査定では50万フランの値がつきましたが、美術史家ベレンソンは「歯のない笑顔」と酷評し、真作性を激しく疑いました。[1] 1914年にエルミタージュが記録的高値で購入。代金の分割払いは、1917年のロシア革命の混乱期すらも跨いで続けられました。[1] 数世紀にわたり行方不明と再発見を繰り返し、1790年代にロシアの将軍がイタリアで購入するまで歴史の表舞台から消えていました。[1] 若き日のラファエロもこの作品に魅了され、自身の『カーネーションの聖母』で構図を模倣するなど、後の巨匠たちに多大な影響を与えました。[1] レオナルドは「視覚」の仕組みに関心を持ち、幼子が焦点を合わせようと花を覗き込む、解剖学的にリアルな動きを追求しました。[1]