

描かれているのはドガの親友ヴァルパンソンの家族。乳母の膝にいる赤ん坊アンリは、この絵が描かれた年の1月に生まれたばかりで、ドガは滞在中にこの幸せな家族のひとときを記録しました。[1] 画面右下に家族を配置し、馬の顔や車輪を大胆に切り落とした構図は、まるで偶然撮れたスナップ写真のよう。当時の絵画としては極めて異例で、意図的に「構成されていない」ように見せています。[1] 競馬場を描きながら、主役はレースそのものではなく、観戦に来た家族のプライベートな時間。スポーツイベントを口実に、近代市民の洗練されたライフスタイルを鋭く切り取っています。[1]
この斬新な切り取り方は、写真家イポリット・ジュヴァンの立体写真の影響。1862年以降、写真で見られるようになった「瞬間」の表現を、ドガはいち早く絵画に取り入れ、視覚の革命を起こしました。[1] 背景の平坦な地平線や簡略化された家々には、当時輸入され始めた日本の浮世絵の影響が見られます。西洋の伝統的な遠近法を崩し、画面にモダンな平面性と静寂を与えています。[1]
1874年の「第1回印象派展」に出品された歴史的な一枚。批評家からは、ポーズの妙や色彩の美しさを「絶妙である」と絶賛され、ドガが印象派の重要人物となる足がかりとなりました。[1] ドガはこの作品に強い愛着を持っていました。売却してニューオーリンズへ渡った後も、ロンドンでの評判を心配して友人に手紙で問い合わせるほど、手放した後もこの絵を気にかけていたのです。[1] 1926年にボストン美術館が3万ドルで購入。それ以前は、有名なオペラ歌手でコレクターのジャン=バティスト・フォールが所有しており、ドガの手を離れた後も名だたる収集家を魅了しました。[1] 馭者のシルクハットや同乗するブルドッグは、当時のフランス上流階級で流行していた「英国スタイル」の象徴。ドガはあえて英国風の緑色を多用し、当時の洗練された都会的な趣味を反映させました。[1]
制作の舞台はノルマンディー地方のメニル=ユベール。親友の邸宅から15キロ離れたアルジャンタンの競馬場への遠出がモチーフとなっており、夏の休暇の穏やかな空気感が漂っています。[1]