鎧をまとった騎士が、隣に立つ女性の胸にそっと手を置くという、親密かつ大胆なポーズが描かれています。この官能的な仕草が、作品に漂う別れの哀愁と独特の緊張感を生み出しています。[1] かつてはトルコ軍との戦いに赴く侯爵夫妻の別れの場面と信じられていましたが、近年の研究では男性の顔が侯爵本人と一致しないことが判明し、その正体は今も謎に包まれています。[1] 女性が手に持つ水晶玉は、人間の営みのすべてがはかなく、移ろいやすいものであることを象徴しています。彼女はその透明な球体の中に、自分たちの運命を予見しているのかもしれません。[1] この絵は単なる夫婦の肖像ではなく、鎧の男を「情欲」を捨て去る戦士、女性を「知恵」や「慎慮」の擬人化とする説もあり、道徳的な教訓を秘めた高度な寓意画としての側面も持っています。[1]
当時この構図は非常に人気があり、多くの模写が作られました。イギリス王室コレクションには、チャールズ1世がスペインで腕利きの模写師に描かせた、極めて精巧な複製が今も2点残されています。[1] 1910年頃、本作はひどい損傷状態にありました。かつて女性の露出した胸を隠すために上から衣服が描き加えられ、後にそれを剥ぎ取った際に絵具が摩耗してしまった可能性が指摘されています。[1]
1662年、フランス国王ルイ14世がコレクターのジャバッハからこの名画を買い取りました。現在はルーヴル美術館の至宝の一つとして、かつての王室コレクションの威光を今に伝えています。[1] イギリス国王チャールズ1世のコレクションでしたが、王の処刑後に競売にかけられました。その際は作者不明のまま「グアスト侯爵の家族」という誤ったタイトルで売却されるという数奇な運命を辿りました。[1] 300年以上の時を経て、ラファエル前派のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティに影響を与えました。彼の代表作『愛する人』の円状の人物配置は、ティツィアーノの本作から着想を得たと言われています。[1] 中央の女性モデルは、ティツィアーノの他の傑作『うさぎの聖母』や『毛皮を着る若い女性』に登場する人物と同一視されており、画家の理想の女性像が投影されていると考えられています。[1]