Menu
美術館展覧会

裸婦

0:000:00
裸婦 — 前田寛治

見どころ

149

解説の書き起こしと出典

事実に基づく記述には出典を明記しています。番号は下の一覧に対応します。

前田寛治は、1920年代の日本洋画壇においてフォーヴィスムの影響を正面から受け止めた数少ない画家のひとりです。この『裸婦』が描かれた1928年は、寛治がパリ留学から帰国した後、旺盛な制作活動を続けていた時期にあたります。1 まず顔に目を向けてください。光と影が大胆に切り分けられ、表情は内側へと閉じています。心理的な深みを与えるこの陰影の扱いは、印象派的な"光の溶け込み"とは明らかに異なる意志を感じさせます。 胴体と腹部には、量感を押し出すような力強い造形があります。人体を美化せず、重力と肉体の実在感をそのまま画面に定着させようとする姿勢が、ここに凝縮されています。 太ももの筆致を見ると、絵の具が皮膚の質感を撫でるのではなく、形そのものを構築するように置かれていることがわかります。この構築的な筆使いこそ、寛治が日本の洋画に持ち込もうとした新しい造形言語でした。 赤褐色のシーツと敷物は、人体と画面全体を支える色の基盤として機能しています。装飾ではなく、構図を締める色彩の骨格です。 寛治はこの作品を神奈川県立近代美術館に遺しました。2人体を"見た目のまま"ではなく、構造として捉え直す——その問いは、今もこの画面から静かに発せられています。

出典2
  1. 1.滝悌三 『前田寛治』 日動出版部 1977年作品『裸婦』は1928年に制作された。
  2. 2.滝悌三 『前田寛治』 日動出版部 1977年作品『裸婦』は神奈川県立近代美術館に所蔵されている。
見どころ|裸婦(前田寛治) | artible